2015年6月22日月曜日

独創は最高の指針

「独創は学問といわず実業界その他
あらゆる面で最高の指針だ。」これは
鈴木梅太郎氏(1874~1943)の
言葉です。農芸化学者であった彼は
日露戦争の5年後の1910年に
糠(ヌカ)が脚気(カッケ)に効く
という内容の論文を発表しました。
そしてオリザニン(後のビタミンB1)
を抽出することに成功しました。
脚気は伝染病だという説さえあり、
ビタミンなどという概念は世界の
どこにもなかった時代にです。
しかし、その論文のドイツ語訳が
不備だったために、国際社会から
画期的発見と認めてもらうことが
出来ませんでした。結局1929年、
同じ時期に同じ研究をしていた
オランダ人医師のエイクマンという
方が必須栄養素の発見ということで
ノーベル賞を受賞しました。

脚気に関する考え方には
実は日露戦争の際に
陸軍と海軍の対立があったんです。
主人公は、森鴎外氏です。

小説家として知られる森は、当時
陸軍の軍医部長でもありました。
日露戦争では戦闘で死ぬより脚気で
死ぬ兵隊の方が多いと言うくらい
脚気が蔓延していたんですね。
なにしろ「突撃して来る日本兵は
皆ヨロヨロよろけてた。」ってロシア
兵が言ったくらいですから。しかし
序列では格下の2人の軍医部長が
「麦飯給与の件を森軍医部長に勧め
たるも返事なし。」だったそうです。
陸軍はドイツ医学を取り入れており
ドイツ医学では、脚気は伝染病だと
言ってたんです。森はまさに
その中心人物であり、敵国よりも
多くの日本兵を死なせた男として
歴史に名を残しました。海軍は
イギリス医学を取り入れており、
当時まだ馴染みのなかった
パンやカレーを食事に導入し
成功しました。

話は鈴木氏の論文に戻りますが
何故ドイツ語訳が不備になったか、
疑念を持つ人が
少なくないんだそうです。

人類が他の動物より秀でて
優れた文明を築いて来られたのは
独創性があったればこそですね。
しかし己の保身の為に、せっかくの
独創性を押しつぶしてしまう人が
いつの世にもいるんですよね。
宗教裁判にかけられて
「それでも地球は動く」と呟いた
ガリレオ・ガリレイも、そうした
被害にあった1人でしょう。

世の中では往々にして
独創性の豊かな人ほど異端に見え
それを受け入れられない人々の
抵抗も強くなります。しかし
真に私達に有益な変革をもたらして
くれるのは、そういう方々なのでは
ないでしょうか?
もし皆さんの周りに
異端児的な方がいらっしゃったら
ちょっとだけ別の角度から
見直してみるってのも
よろしいんじゃないでしょうか?

【製作発表】本日より“みんなの
ミュージックビデオ・プロジェクト”
第4弾の製作を開始します。
タイトルは“パワフル”
9月23日(水)発表予定です。
一緒に遊んで下さる方、特に映像を
担当して下さる方、大歓迎です!

武内利之の「ザッツ・ライフ」
原則、毎週月・水・金の朝に更新。
E-mail:
at-home-takeuchi@aqua.ocn.ne.jp

0 件のコメント:

コメントを投稿