芸大に入るには音楽の才能だけではダメで、
学校の内申も高くなければダメだと芸大OB
の先生から言われ、音楽のレッスンを受けな
がらでも内申が取れるようにと、高校進学は
都立普通科で最低ランクの学校にトップで入り
ました。その高校にはブラバンがあったけど、
私はクラブに入らず、音楽専科の先生のご好意
で、昼休みと放課後に音楽室の準備室にお邪魔
してクラの自主練習をさせて頂きました。私は
都営アパートに住んでたので、家に帰ってから
夜にクラを吹くことができなかったからです。
家に帰ってからピアノを弱音ペダルにして練習
して、最後に高校の勉強をしました。毎日毎日
その繰り返しでした。
そんな生活が始まって7ヵ月目に母の事件が
起こり、私は音楽を放り投げました。母のこと
でショックを受けたことは事実だけど、それは
音楽を止める理由にはなりません。人生で初め
て味わった劣等感と、受からないかもしれない
という不安と戦いながら練習と勉強に明け暮れ
る日々、それも遊び盛りの高校1年生…。母の
事件は不安とストレスから開放されるための
良い口実になったんだと思います。当時、私は
父親や芸大OBの先生方にレッスンを止める
理由について、こう説明しました。
「これからは、楽しむために音楽をやりたい。」
Because, that’s my life !
名も無き親爺が人生を語る
世にも不思議なブログ
武内利之の「ザッツ・ライフ」

