日本大学の応援歌「花の精鋭」の歌詞に
「フェアプレイ日大」という文言があり話題に
なりましたが、皆さんがフェアプレイと聞いて
思い浮かべるのは、どんなプレイですか?
私が思い浮かべるのは、忘れもしない
1972年、高校生の時に見た
ミュンヘン・オリンピックの男子バレーボール
準決勝、対ブルガリア戦での1コマです。
当時の男子バレーボールは
アニメ・ドキュメント「ミュンヘンへの道」
なんて番組が放映されるぐらいの人気でした。
それまでの男子バレーボールの試合ってのは、
サーブレシーブしたボールがセッターへ、
セッターがポーンと高くトスを上げ、
スパイカーがドカーンとスパイクを打ち込み、
相手はそれを滅多にレシーブできないので、
サーブ権が行ったり来たりって感じだったけど、
そういうプレースタイルを革命的に変えたのが
日本選手だったんです。コンビバレー誕生です!
時間差、1人時間差、Aクイック、Bクイック、
Cクイックなんて、今では当たり前の技を
初めて開発し定着させたんです。ですから、
古いプレイスタイルのチームには滅法強かった。
金メダル間違いなしと、国民は期待しました。
ところが、準決勝で対戦したブルガリアは、
なんと日本と同じコンビバレーだったんです!
びっくりしました。見たことありませんでした!
古いスタイルのチームには強くても、同じ
スタイルのチームとの対戦は慣れていない
せいか、大苦戦してしまったんです。
2セット連取され、後のない3セット目も先行
され、松平監督は浮き足立つ若手を引っ込め
ベテラン勢を投入しました。その1人が南選手で
背が高く、主にブロック要員としての起用が
多かった方です。喉から手が出るほど1点が
ほしい状況で、副審が南選手にタッチネットが
あったと判断。しかし主審はそれを認めず
試合はそのまま続行されるかと思った瞬間、
なんと南選手は主審に向かって手を挙げ
タッチネットを自己申告してしまったのです。
ところが、どういう訳でしょう。そこから
潮目が変わり、日本チームは大逆転勝利!
続く決勝の東ドイツ戦にも勝利して、見事
金メダルに輝いたんです。
審判に見つからないように反則したり
反則されていないのに、PK欲しさに
反則されたようなふりして倒れたり、
痛くもないのに時間稼ぎで痛がって見せたり、
ボールがゴールラインを越えたのに
越えていないとキーパーがアピールしたり…
そういうのとは異質のフェアプレイ精神が
思春期の私の心に刻み込まれてしまったので、
小汚いプレイを見ると
嫌悪感を抱いてしまうんですよね。
しかし近頃は多くのスポーツにビデオ判定が
導入されて、小汚いプレイが暴かれることも
あるので、そんな時は胸のすく思いです。
名もなき親爺が人生を語る世にも不思議なブログ
武内利之の「ザッツ・ライフ」日曜の午前に更新
2018年6月24日日曜日
2018年6月17日日曜日
菓子・スイーツ、やめます!
「金使って健康になるならいいけど、
不健康になるならやめた方がいい。」
そう思って12年前に煙草を辞めました。
「これを全部吸ったらやめよう。」では
ダメだと思い、半分以上残ってたタバコを
ひねり潰してゴミ箱に捨てたもんです。
先日、菓子・スイーツをやめました。
血糖値・中性脂肪・コレステロール値を
下げなきゃならないし、菓子代・薬代を使って
不健康になるのはつまらんと思ったからです。
自宅の冷蔵庫や会社の引き出しにお菓子が
入ってたんですが、全部捨てたり
同僚にあげたりしちゃいましたよ。
私は飲む・打つ・買う、どれもやりませんし
煙草もやめましたが、唯一つ甘い物だけは
猫にマタタビなので、こんな風にしないと
自分に勝てる自信がありません。
どうしても口寂しい時はノンシュガーの飴を
舐めてますが、本当は「口寂しい」という
概念を頭から消し去った方がいいんですよね。
以前にも何度かダイエットして、ストイックに
なったことはありましたよ。だいたい春先に
なると、夏までに何キロ痩せよう!って3ヵ月
計画立てて、ちゃんと目標を達成するんですが、
そのうちいつの間にか食べちゃってるんです。
その時の決まり文句が
「好物まで我慢して何の人生か。」って、
酒飲みや煙草吸いと同じ言い草なんですよね。
でも今度ばかりは、煙草やめた時と
同じように、食べない人になると
決めちゃいましたので、大丈夫です。
得意のセルフコントロールで行きます。
記憶の塗替えです。食後のデザートや間食が
当たり前と思っていた自分から、そう思わない
自分への記憶の塗替え。食べている自分の姿
から、食べないでも平気でいる自分の姿への
記憶の塗替えです。しまいには、甘い物を
食べた時の快感さえ抹消されることでしょう。
煙草もそうでしたから。煙草が美味いと
感じていた事実は覚えていても、美味しい感覚
自体は忘れてしまって、臭い、苦い、という
負のイメージだけになりますよ。
食事は野菜から先に食べ、納豆をたべ、
おかずを食べ、最後にご飯を軽く1杯だけ、
それで日に日に体重が落ちています。
世の成人病予備軍の皆さん、
共に頑張りましょうね!
名もなき親爺が人生を語る世にも不思議なブログ
武内利之の「ザッツ・ライフ」日曜の午前に更新
不健康になるならやめた方がいい。」
そう思って12年前に煙草を辞めました。
「これを全部吸ったらやめよう。」では
ダメだと思い、半分以上残ってたタバコを
ひねり潰してゴミ箱に捨てたもんです。
先日、菓子・スイーツをやめました。
血糖値・中性脂肪・コレステロール値を
下げなきゃならないし、菓子代・薬代を使って
不健康になるのはつまらんと思ったからです。
自宅の冷蔵庫や会社の引き出しにお菓子が
入ってたんですが、全部捨てたり
同僚にあげたりしちゃいましたよ。
私は飲む・打つ・買う、どれもやりませんし
煙草もやめましたが、唯一つ甘い物だけは
猫にマタタビなので、こんな風にしないと
自分に勝てる自信がありません。
どうしても口寂しい時はノンシュガーの飴を
舐めてますが、本当は「口寂しい」という
概念を頭から消し去った方がいいんですよね。
以前にも何度かダイエットして、ストイックに
なったことはありましたよ。だいたい春先に
なると、夏までに何キロ痩せよう!って3ヵ月
計画立てて、ちゃんと目標を達成するんですが、
そのうちいつの間にか食べちゃってるんです。
その時の決まり文句が
「好物まで我慢して何の人生か。」って、
酒飲みや煙草吸いと同じ言い草なんですよね。
でも今度ばかりは、煙草やめた時と
同じように、食べない人になると
決めちゃいましたので、大丈夫です。
得意のセルフコントロールで行きます。
記憶の塗替えです。食後のデザートや間食が
当たり前と思っていた自分から、そう思わない
自分への記憶の塗替え。食べている自分の姿
から、食べないでも平気でいる自分の姿への
記憶の塗替えです。しまいには、甘い物を
食べた時の快感さえ抹消されることでしょう。
煙草もそうでしたから。煙草が美味いと
感じていた事実は覚えていても、美味しい感覚
自体は忘れてしまって、臭い、苦い、という
負のイメージだけになりますよ。
食事は野菜から先に食べ、納豆をたべ、
おかずを食べ、最後にご飯を軽く1杯だけ、
それで日に日に体重が落ちています。
世の成人病予備軍の皆さん、
共に頑張りましょうね!
名もなき親爺が人生を語る世にも不思議なブログ
武内利之の「ザッツ・ライフ」日曜の午前に更新
2018年6月10日日曜日
Clarinet
クラを始めるぞ!と決めたのはいいけど、
そう言やぁクラ、どこにある?
ふとそう思って探し回ったけど、ない!!!
家中を3回探し回っても、どっこにもない!
確か数年前、部屋の模様替えした時に、
もうクラなんて吹くことはないだろうと諦めて
どっかにしまっちゃったような気がします。
考えられるのはもう、屋根裏だけです。
屋根裏部屋じゃなくて、ほふく前進でやっと
入って行けるような屋根裏スペースです。
そこに、片付かないガラクタがぎっしり
詰め込んであるんですが…
そいつらをぜ~んぶ出したら、
いっちばん奥に、ありました…
ジャズマンだった叔父の形見と
先輩から譲り受けた楽器と
2つとも見つかって、ホッとしましたよ。
探しながら
「おいおい、無きゃあ買うのかよ。
今どきは買うといくらなんだ?
YAMAHAでもいくらなんだ?」
とか頭によぎりましたよ。こう見えても私、
すぐに最悪の事態を想像して
心の準備しちゃうたちなんですよね…
真夏じゃなくて良かった~~~
屋根裏はめっちゃ暑いんです!
真夏じゃなくても、
1週間分の汗かいちゃっいましたよ!
しかしね、見つけたのはいいんですが、
吹くことは出来ませんでしたよ。
恐い!!! 43年間の空白が恐い…
自分も楽器も、どうにもならないほど
錆びついてるに決まってる!
何年か前に「吹くぞ!」って決心して
タンポと松脂とリードと楽譜を買って
やる気満々になったことがあったんですが、
結局何もせずに挫折しちゃったんです。
今回は絶対に吹くと決めてますが、
おそらく楽器はオーバーホールしなきゃ
鳴ってくれないだいだろうし、
自分じゃ直せないと思うんですよね。
そこでまた「いくらかかるんだろう?」って
最悪の想像がもたげて来て、
いきおいAmazonでクラの値段しらべたりして
「新品だと…?中古だと…?」なんてね。
今になって
自分の楽器を失ったことを後悔してますよ。
演劇学生になって貧しかった頃、
楽器を質流れさせてしまいました。
当時10万で父が買ってくれた
クランポンという一流品、今なら
30~40万はするんじゃないかな?
2万借りて、1年間利子を払い続けて、
毎月行く度に楽器を綺麗に掃除して…
「俺の人生はもう、楽器とは縁がないんだ!」
とばかりに、とうとう流してしまったんです。
ずっと後になって親父はそのことを知っても、
一切私にその件について話はしませんでしたが
悲しかったんだろうと思いますよ、きっと…
しかし楽器ってのは新品だから、高いから
いい音が出るってもんじゃないんですよね。
私が中学生になってすぐに親父が
ジャズマン仲間から使い古しのクラを
買ってきてくれたんですが、クラを吹くこと自体
初めてなのに、あっという間に甘~い音が
出るようになりましたよ。ところが
大枚をはたいて買ってもらったクランポンは
なかなかいい音が鳴ってくれませんでした。
上手な人が吹き込んだ楽器は
いい音が出るものなんだそうですよ。
ですから、できれば新品でなく
この2つの楽器を活かしたいと思います。
もう自分で修理する気力も自信もないです。
時期が来たらオーバーホールしてもらいましょ。
昔は新大久保に修理屋さんが2件
あったんですが、今でもあるのかな…
名もなき親爺が人生を語る世にも不思議なブログ
武内利之の「ザッツ・ライフ」日曜の午前に更新
そう言やぁクラ、どこにある?
ふとそう思って探し回ったけど、ない!!!
家中を3回探し回っても、どっこにもない!
確か数年前、部屋の模様替えした時に、
もうクラなんて吹くことはないだろうと諦めて
どっかにしまっちゃったような気がします。
考えられるのはもう、屋根裏だけです。
屋根裏部屋じゃなくて、ほふく前進でやっと
入って行けるような屋根裏スペースです。
そこに、片付かないガラクタがぎっしり
詰め込んであるんですが…
そいつらをぜ~んぶ出したら、
いっちばん奥に、ありました…
ジャズマンだった叔父の形見と
先輩から譲り受けた楽器と
2つとも見つかって、ホッとしましたよ。
探しながら
「おいおい、無きゃあ買うのかよ。
今どきは買うといくらなんだ?
YAMAHAでもいくらなんだ?」
とか頭によぎりましたよ。こう見えても私、
すぐに最悪の事態を想像して
心の準備しちゃうたちなんですよね…
真夏じゃなくて良かった~~~
屋根裏はめっちゃ暑いんです!
真夏じゃなくても、
1週間分の汗かいちゃっいましたよ!
しかしね、見つけたのはいいんですが、
吹くことは出来ませんでしたよ。
恐い!!! 43年間の空白が恐い…
自分も楽器も、どうにもならないほど
錆びついてるに決まってる!
何年か前に「吹くぞ!」って決心して
タンポと松脂とリードと楽譜を買って
やる気満々になったことがあったんですが、
結局何もせずに挫折しちゃったんです。
今回は絶対に吹くと決めてますが、
おそらく楽器はオーバーホールしなきゃ
鳴ってくれないだいだろうし、
自分じゃ直せないと思うんですよね。
そこでまた「いくらかかるんだろう?」って
最悪の想像がもたげて来て、
いきおいAmazonでクラの値段しらべたりして
「新品だと…?中古だと…?」なんてね。
今になって
自分の楽器を失ったことを後悔してますよ。
演劇学生になって貧しかった頃、
楽器を質流れさせてしまいました。
当時10万で父が買ってくれた
クランポンという一流品、今なら
30~40万はするんじゃないかな?
2万借りて、1年間利子を払い続けて、
毎月行く度に楽器を綺麗に掃除して…
「俺の人生はもう、楽器とは縁がないんだ!」
とばかりに、とうとう流してしまったんです。
ずっと後になって親父はそのことを知っても、
一切私にその件について話はしませんでしたが
悲しかったんだろうと思いますよ、きっと…
しかし楽器ってのは新品だから、高いから
いい音が出るってもんじゃないんですよね。
私が中学生になってすぐに親父が
ジャズマン仲間から使い古しのクラを
買ってきてくれたんですが、クラを吹くこと自体
初めてなのに、あっという間に甘~い音が
出るようになりましたよ。ところが
大枚をはたいて買ってもらったクランポンは
なかなかいい音が鳴ってくれませんでした。
上手な人が吹き込んだ楽器は
いい音が出るものなんだそうですよ。
ですから、できれば新品でなく
この2つの楽器を活かしたいと思います。
もう自分で修理する気力も自信もないです。
時期が来たらオーバーホールしてもらいましょ。
昔は新大久保に修理屋さんが2件
あったんですが、今でもあるのかな…
名もなき親爺が人生を語る世にも不思議なブログ
武内利之の「ザッツ・ライフ」日曜の午前に更新
2018年6月3日日曜日
I will survive !
耳に残って離れない曲
何度聴いても聞き飽きない曲の第2弾です。
歳をとってもいいけど、
太っちゃダメってこと?
Back to the future 観てるみたいだもんね。
「恋のハッピーデイト」
「ダンシング・シスター」
「セクシー・ミュージック」で
日本でもお馴染みだった
ノーランズさんだよ!
でもさ、歌声は若いよね!
AKBも少女時代も
この歳までやってみなっつうの。
彼女達の凄さが解るかもよ!
中毒的に何度でも聴いてしまう歌
I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=a-vHy1qLylE&feature=share
元祖、Gloria Gaynor さんの I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=7SxqJsYFL-Q&feature=share
布施明さんの「恋のサバイバル」
https://www.youtube.com/watch?v=tHUs1VYyAQk&feature=share
Diana Ross さんの I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=jDiQp95lJ6g&feature=share
ジャズ風に小刻みな裏打ちが入ってくると
俄然曲らしくなるよね!
イタリア国民の I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=jil-SbVSry8&feature=share
中国語アニメの I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=9Vf2qHU2tzY&feature=share
ヴァイオリ二ストとピアニストの I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=Xui7x_KF7bY&feature=share
意外性の I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=PpIq9BnNCqk&feature=share
パンチの効いた I will survive
https://www.youtube.com/watch?v=O5abiG7ELPw&feature=share
こぶしの効いた I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=Vwofg494yDI&feature=share
美人さんの I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=qwSvI_S_zN0&feature=share
感情移入の I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=0d5s88TrH9k&feature=share
ブルースの I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=IbgRdOim8cY&feature=share
女性客がノリノリの I will survive !
最後はノーランズに戻ったよ!
https://www.youtube.com/watch?v=HQ2SP5STkk8&feature=share
名も無き親爺が人生を語る世にも不思議なブログ
武内利之の「ザッツ・ライフ」日曜の午前に更新
何度聴いても聞き飽きない曲の第2弾です。
歳をとってもいいけど、
太っちゃダメってこと?
Back to the future 観てるみたいだもんね。
「恋のハッピーデイト」
「ダンシング・シスター」
「セクシー・ミュージック」で
日本でもお馴染みだった
ノーランズさんだよ!
でもさ、歌声は若いよね!
AKBも少女時代も
この歳までやってみなっつうの。
彼女達の凄さが解るかもよ!
中毒的に何度でも聴いてしまう歌
I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=a-vHy1qLylE&feature=share
元祖、Gloria Gaynor さんの I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=7SxqJsYFL-Q&feature=share
布施明さんの「恋のサバイバル」
https://www.youtube.com/watch?v=tHUs1VYyAQk&feature=share
Diana Ross さんの I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=jDiQp95lJ6g&feature=share
ジャズ風に小刻みな裏打ちが入ってくると
俄然曲らしくなるよね!
イタリア国民の I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=jil-SbVSry8&feature=share
中国語アニメの I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=9Vf2qHU2tzY&feature=share
ヴァイオリ二ストとピアニストの I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=Xui7x_KF7bY&feature=share
意外性の I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=PpIq9BnNCqk&feature=share
パンチの効いた I will survive
https://www.youtube.com/watch?v=O5abiG7ELPw&feature=share
こぶしの効いた I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=Vwofg494yDI&feature=share
美人さんの I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=qwSvI_S_zN0&feature=share
感情移入の I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=0d5s88TrH9k&feature=share
ブルースの I will survive !
https://www.youtube.com/watch?v=IbgRdOim8cY&feature=share
女性客がノリノリの I will survive !
最後はノーランズに戻ったよ!
https://www.youtube.com/watch?v=HQ2SP5STkk8&feature=share
名も無き親爺が人生を語る世にも不思議なブログ
武内利之の「ザッツ・ライフ」日曜の午前に更新
2018年5月27日日曜日
彼の死を活かす
「アマはプロセスが大事。
プロは結果が大事。」とか
「チャレンジこそ生きる証」などと考えて
これまで生きて来た私ですが、
その考えを覆す出来事が起こりました。
エベレスト登頂を目指したイギリスの登山家
ジョージ・マロリーさんがインタビューで
「なぜエベレストに登りたいのか?」と問われ、
それは愚問だと言いたげに
「そこにエベレストがあるから。」
と答えたのは今から90年以上前のこと。
日本の35歳の登山家
栗城史多(くりき・のぶかず)さんが、
現地のガイドや日本人カメラマンが死亡する
という経験をしたり、自らも凍傷のため
両手指9本を切断する経験をしながらも、
先日、8度目のエベレスト登頂に挑戦し、
惜しくも帰らぬ人となりました。
何度も死と隣り合わせの過酷な登山を経験して
いるにもかかわらず、彼は今回、
単独・無酸素・南西壁という、常識では
考えられないような条件で望んだそうです。
たった1人で、酸素濃度が平地の3分の1の山を
酸素ボンベを使わず、最も難しいと言われる
南西壁からの登頂を目指したんですね。
友人の登山家、野口健氏は
「彼にとって(登山は)
挑戦することに意味があったんだと思う。」
とコメントしました。
死と隣り合わせの挑戦に
生きる意味を見出していたんだとしたら、
エベレストの雪の中で力尽きたのは
彼として本望だったということでしょうか…
私はこの報道を見て、はたと目が覚めました。
近年のモヤモヤ感が一瞬にして吹き飛びました。
プロもアマも関係ない、
結果もプロセスも関係ない、
チャレンジは「生きる証」ではなく
「生きる意味」だったんですね!
もう何も迷うことはありません。
私は「これをやりたい。」と思ったことを
迷わずに、力いっぱいやって行きます。
一切の理屈も言い訳もなく、損得もない、
砕け散っても本望だと思えるような
純粋な生き様を体現します。
そうして私なりに、彼の死を活かしたいです!
Because, that’s my life !
名もなき親爺が人生を語る世にも不思議なブログ
武内利之の「ザッツ・ライフ」日曜の午前に更新
プロは結果が大事。」とか
「チャレンジこそ生きる証」などと考えて
これまで生きて来た私ですが、
その考えを覆す出来事が起こりました。
エベレスト登頂を目指したイギリスの登山家
ジョージ・マロリーさんがインタビューで
「なぜエベレストに登りたいのか?」と問われ、
それは愚問だと言いたげに
「そこにエベレストがあるから。」
と答えたのは今から90年以上前のこと。
日本の35歳の登山家
栗城史多(くりき・のぶかず)さんが、
現地のガイドや日本人カメラマンが死亡する
という経験をしたり、自らも凍傷のため
両手指9本を切断する経験をしながらも、
先日、8度目のエベレスト登頂に挑戦し、
惜しくも帰らぬ人となりました。
何度も死と隣り合わせの過酷な登山を経験して
いるにもかかわらず、彼は今回、
単独・無酸素・南西壁という、常識では
考えられないような条件で望んだそうです。
たった1人で、酸素濃度が平地の3分の1の山を
酸素ボンベを使わず、最も難しいと言われる
南西壁からの登頂を目指したんですね。
友人の登山家、野口健氏は
「彼にとって(登山は)
挑戦することに意味があったんだと思う。」
とコメントしました。
死と隣り合わせの挑戦に
生きる意味を見出していたんだとしたら、
エベレストの雪の中で力尽きたのは
彼として本望だったということでしょうか…
私はこの報道を見て、はたと目が覚めました。
近年のモヤモヤ感が一瞬にして吹き飛びました。
プロもアマも関係ない、
結果もプロセスも関係ない、
チャレンジは「生きる証」ではなく
「生きる意味」だったんですね!
もう何も迷うことはありません。
私は「これをやりたい。」と思ったことを
迷わずに、力いっぱいやって行きます。
一切の理屈も言い訳もなく、損得もない、
砕け散っても本望だと思えるような
純粋な生き様を体現します。
そうして私なりに、彼の死を活かしたいです!
Because, that’s my life !
名もなき親爺が人生を語る世にも不思議なブログ
武内利之の「ザッツ・ライフ」日曜の午前に更新
2018年5月13日日曜日
主導権
私は日常生活の色んな場面で
いちいち仕切る方じゃないんです。
夫婦でも、相手が出て来れば引いちゃうし、
会社や、友人関係もそうです。
研修のグループワークでも、
率先して仕切ろうと思えば仕切れますが、
勝手に仕切り出す人がいればお任せします。
どうでもいいこと、と言ってはなんですが、
誰がやってもいいことなら、仕切りたい人に
仕切らせてあげた方が平和だからです。
でも、肝心なことは常に
自分に主導権がなければならない
という気持ちで生きて来ました。
特に仕事においてそれが顕著なので、
私は大企業の社員や公務員には
向いてなかったと思います。
縦社会も好きじゃないし、
人の顔色をうかがって生きるのも、
権力におもねるのも、既存の風習を踏襲するのも
好きじゃない。自分の実力を磨き、
自分なりに工夫して結果を出し、
周囲の人々に喜んでもらうのが好きでした。
労働者の立場は弱いものです。けれども私は、
経営のことはそっちのけで、徒党を組んで
権利ばかりを主張するより、自分の努力で
自分の価値を高めて行く方が好きでした。
お山の大将になりたいとも思いませんでした。
縦社会が嫌いだというのも理由の1つだった
でしょうし、権力志向も、金銭欲も薄く、
そんなことに時間と労力を費やすぐらいなら
自分を磨くことに費やしたかったんです。
40歳を過ぎてからは、自分の仕事の将来性
5年~10年先ぐらいまでは見通すように
なりました。10年後に会社はどうなっている
べきか、自分はどうなっているべきかと考え、
必要なスキルを身につけたり、社長に提案し
(私の勤めた会社に大企業はなかったので、提案
する相手は常に社長でした)了承が得られれば
改革を断行し、得られなければ見切って会社を
移籍することもありました。私の直言は、会社の
存亡をかけた重要な提案だったからです。
その意味を解せぬ経営者と運命を共にせねば
ならない義理はありませんのでね。
そういう私だけに、
芝居を一生の仕事には出来ないと悟った時の
ショックは大きかったです。出口のない暗闇に
突き落とされた感がありました。幸運なことに
介護が私にチャンスを与えてくれました。
しかしそれでも、
私の信念は変わりませんでした。
私が会社を必要とする以上に会社が私を必要と
する、そうでなければ私の存在価値はない。
居るも辞めるも決めるのは会社でなく私、
そういう関係を作るために、人の倍の仕事が
出来るよう、努力をしました。
ですから、主導権は常に私にあるんです。
なぜなら、私の人生は私のものだからです。
(最後は Back to the future の決めゼリフ
みたいになっちゃいましたね!)
Because, that’s my life !
名もなき親爺が人生を語る世にも不思議なブログ
武内利之の「ザッツ・ライフ」日曜の午前に更新
2018年5月6日日曜日
とりあえず決めました
自分が演劇人でなくなってからというもの、
なんか自分の中に芯がなくなっちゃったと言うか、
生きる充実感が足りないと言うか、空虚な風が
心の中を吹き抜けてるような気がするんですよ。
これはなんなんだ?って、考えてみますか…
高校2年生の年末に演劇人になることを決め、
大学ではなく演劇学校へ進学することを決め、
1年間ミュージカルの創作に没頭し、
3年生の秋に文化祭で発表したのが、
私の演劇人としての原点です。
理屈抜きに、やりたいことをやった思い出として
あの経験以上のものは、未だにありません。
シェイクスピアの「ベニスの商人」という大作を
1時間40分のミュージカルに仕上げる…
今思えば、何でそんなこと考えたのか不思議です。
高校生にとって、滅茶苦茶高いハードルですよ。
1グループの持ち時間が20分だったので、
ブラバン・器楽部・コーラス部・演劇部だけでは
足りず、ダンス部に声かけたら断られ、1年3組
というミュージカルに何の関わりもない、ただ
ブラバン部員が多いクラスというだけの理由で
参加してもらい、無理矢理1時間40分を確保
しました。大学受験を控えた同学年生に負担を
かけぬよう、私は脚本・作詞・作曲・編曲・演出
を受け持った上に、舞台で2役をこなしました。
当時はソフトシンセなんてものはなかったので、
M-25まであるナンバーのスコアを手書きで書き、
出来た順に稽古し、それが本番ぎりぎりまで
続きました。卒業生が指揮をして下さったり、
仲間達も最後までベストを尽くしてくれました。
やり終えた後の脱力感と言ったら、それはもう
例えようのないものでした。
なぜ、あんなことを? 理屈なんてないです。
そこに山があったから登ったんですよ、きっと。
誰もやったことない、やれると思わない、
やりたいとも思わない、でも俺はやるよみたいな、
そんな気持ちが強かったのかも知れません。
演劇人となり、観客と心通わす幸せを味わい、
最後の10年間は念願の創作ミュージカルを
自分の作曲で4作品手掛けることが出来ました。
高校の文化祭の体験に次ぐ、幸せな時間でした。
しかし、仕事量は右肩下がりに減り、一生の仕事
として続けていくことは出来ないと悟る日が
来ました。私は鬱状態になり、出張先のホテルで
トイレ以外はベッドから出られなくなりました。
「死んだら楽になれるかな…」そんな弱気が頭を
よぎった時、昔の演劇仲間が「介護なら感動する
ほど仕事があるよ!」って教えてくれました。
私はすぐにヘルパーの資格を取り、
3年後に介護福祉士、5年後にケアマネの資格を
取ると決めました。そして、その通りになりました。
今は手話通訳者を目指して頑張っています。
介護で出会った方々と共にミュージックビデオを
創作し、YouTubeにアップするようになりました。
自分のブログも始めました。どれもこれも、
年寄りの私にとってハードルの高いことでしたが、
若い友人に助けられ、クリアして来られました。
次々に目の前にハードルを置いて、
それを乗り越えて行くことで、私は鬱の恐怖から
逃れようとしているのかも知れません。それでも
正直言って、山を登っているような充実感は、
今の私にはありません。
でも私は、必ず山を登り始めます。
70歳過ぎたら、始めます。それまでは、
目の前のハードルを乗り越えることに
集中しようと思います。
とりあえず、今、そう決めました。
Because, that’s my life !
名もなき親爺が人生を語る世にも不思議なブログ
武内利之の「ザッツ・ライフ」日曜の午前に更新
なんか自分の中に芯がなくなっちゃったと言うか、
生きる充実感が足りないと言うか、空虚な風が
心の中を吹き抜けてるような気がするんですよ。
これはなんなんだ?って、考えてみますか…
高校2年生の年末に演劇人になることを決め、
大学ではなく演劇学校へ進学することを決め、
1年間ミュージカルの創作に没頭し、
3年生の秋に文化祭で発表したのが、
私の演劇人としての原点です。
理屈抜きに、やりたいことをやった思い出として
あの経験以上のものは、未だにありません。
シェイクスピアの「ベニスの商人」という大作を
1時間40分のミュージカルに仕上げる…
今思えば、何でそんなこと考えたのか不思議です。
高校生にとって、滅茶苦茶高いハードルですよ。
1グループの持ち時間が20分だったので、
ブラバン・器楽部・コーラス部・演劇部だけでは
足りず、ダンス部に声かけたら断られ、1年3組
というミュージカルに何の関わりもない、ただ
ブラバン部員が多いクラスというだけの理由で
参加してもらい、無理矢理1時間40分を確保
しました。大学受験を控えた同学年生に負担を
かけぬよう、私は脚本・作詞・作曲・編曲・演出
を受け持った上に、舞台で2役をこなしました。
当時はソフトシンセなんてものはなかったので、
M-25まであるナンバーのスコアを手書きで書き、
出来た順に稽古し、それが本番ぎりぎりまで
続きました。卒業生が指揮をして下さったり、
仲間達も最後までベストを尽くしてくれました。
やり終えた後の脱力感と言ったら、それはもう
例えようのないものでした。
なぜ、あんなことを? 理屈なんてないです。
そこに山があったから登ったんですよ、きっと。
誰もやったことない、やれると思わない、
やりたいとも思わない、でも俺はやるよみたいな、
そんな気持ちが強かったのかも知れません。
演劇人となり、観客と心通わす幸せを味わい、
最後の10年間は念願の創作ミュージカルを
自分の作曲で4作品手掛けることが出来ました。
高校の文化祭の体験に次ぐ、幸せな時間でした。
しかし、仕事量は右肩下がりに減り、一生の仕事
として続けていくことは出来ないと悟る日が
来ました。私は鬱状態になり、出張先のホテルで
トイレ以外はベッドから出られなくなりました。
「死んだら楽になれるかな…」そんな弱気が頭を
よぎった時、昔の演劇仲間が「介護なら感動する
ほど仕事があるよ!」って教えてくれました。
私はすぐにヘルパーの資格を取り、
3年後に介護福祉士、5年後にケアマネの資格を
取ると決めました。そして、その通りになりました。
今は手話通訳者を目指して頑張っています。
介護で出会った方々と共にミュージックビデオを
創作し、YouTubeにアップするようになりました。
自分のブログも始めました。どれもこれも、
年寄りの私にとってハードルの高いことでしたが、
若い友人に助けられ、クリアして来られました。
次々に目の前にハードルを置いて、
それを乗り越えて行くことで、私は鬱の恐怖から
逃れようとしているのかも知れません。それでも
正直言って、山を登っているような充実感は、
今の私にはありません。
でも私は、必ず山を登り始めます。
70歳過ぎたら、始めます。それまでは、
目の前のハードルを乗り越えることに
集中しようと思います。
とりあえず、今、そう決めました。
Because, that’s my life !
名もなき親爺が人生を語る世にも不思議なブログ
武内利之の「ザッツ・ライフ」日曜の午前に更新
登録:
投稿 (Atom)