2015年10月30日金曜日

劇場型

「自民党が変わらなければ
私が自民党をぶっ潰します。」
という言葉で始まった
純ちゃんフィーバーは
『劇場型政治』という
新語まで生み出しました。

オレオレ詐欺の手口が巧妙化し
色々な役柄の人物が電話に出て
高齢者を騙す『劇場型犯罪』
なんてのも出て来ました。

私は劇場が仕事場でしたから
何が出て来ても驚きゃしませんが
ヘルパーになった今『劇場型』の
必要性を別の意味で感じています。

80歳の認知症の女性を介護した時
その方は私のことを親切な
ご近所さんだと思い込んでいました。
女性ヘルパーを叩いたり、
物を投げつけたり、
拒否が激しくなったため、
男性ヘルパーで試してみようと、
責任者が判断して
私にお鉢が回ってきました。
私が担当したばかりの頃は
家事も着替えもせず、
部屋は散らかり放題でした。
けれども、私が通うようになると
徐々に自発的に着替えるようになり
家事も私と一緒にやるようになり
見る見る生気を取り戻して
行きました。そして、化粧して
私の来るのを待つようになり
「あんたみたいな人
女性がほっとかないわよね。
いるんでしょ、彼女が?」と
頻繁に言うようになりました。
担当して3ヶ月程経った或る晩
とうとう彼女は
居間に布団を敷いて待ってました。
いつものように夕食を終え
服薬を終え、さあ記録を書いて
帰ろうかと思ったら
「あなたさえ良ければ、ここに
泊まって行ってもいいのよ。」
と言われました。いくら誘っても
私が泊まらないので、3日後には
布団は収納されていましたが、
部屋にお花まで飾って
笑顔まで見せるようになって
初対面の時とは別人のような
『女性』がそこにいました。

認知症の利用者さんがヘルパーを
誰か違う人と思い込んだ時
ご家族や責任者は、わざわざ
「この人はヘルパーさんよ!」
なんて言うことがありますが
そう言って聞かせることに
何の意味があるんでしょうか?
私は『劇場型』でいいんじゃないの?
って思ってます。

皆さんは
いかがお考えになりますか?

武内利之の「ザッツ・ライフ」
原則、毎週月・水・金の朝に更新。
E-mail:
at-home-takeuchi@aqua.ocn.ne.jp

2015年10月28日水曜日

江戸っ子

今日は
旅の思い出からちょっと離れて
江戸っ子について話しますね。

と言っても、私の家族の話です。
私の父は秋葉原からすぐ近くの
佐久間町で生まれ育ち、
母は神田明神下で生まれ育った、
チャキチャキの江戸っ子です。
3月10日の大空襲の時は、それぞれ
命からがら生き残りました。

ジャズマンだった父と
キャバレーの女給だった母は
仕事場で出逢い、20歳同士で結婚、
4年後に私が、その5年後に妹が
生まれました。

父は2人の兄、1人の姉を持つ
末っ子で、男兄弟3人とも
ジャズマンでした。彼らの景気が
良かったのは終戦直後の進駐軍時代
だけで、その後は急激に仕事が減り、
2人の兄は次々と転職、父だけは
キャバレー『ミカド』や東京宝塚劇場
の専属オーケストラに所属し、39歳
までドラマーとして働いてから
転職しました。

要は父方の親戚は、我が家も含め
どこも貧しかったわけです。
私は家族4人で1DK(6畳居間&
3畳キッチン)の都営アパートに
小学校5年生まで住んでましたが、
そこに親戚・従兄弟が入って来ると、
もうギューギュー詰めでした。

「寿司とれ!」親戚が集まった時の
決まり文句、江戸っ子の見栄ってやつ
ですね。「いいよ、ラーメンで…。」
それに対する返事の決まり文句です。
そこで「あ、そう。じゃあ、ラーメンに
するか。」って言っちゃったら
江戸っ子じゃありません。
絶対に寿司をとります。寿司が
食べられるのは、親戚が集まった時
だけなんで、本当はみんな嬉しかった
んでしょうね。イカはサビが効くとか
で、母が「効く~」と言って悶絶する
のも決まり事でした。

食事が終わってお開きとなると
決まって叔母さんが私に千円札を
2枚握らせ「◯◯ちゃん(妹)と1枚
ずつね。お父さんと、お母さんには
黙ってなよ。」と耳元で囁きました。
1日の小遣いが10円の時代でした
から、私にしてみれば大金です。
しかし私は常日頃から「人様から
何かを頂いたら必ず親に報告せよ。」
と教育されてましたので、正直に
報告しました。父は「あの野郎…。」
と呟き「つっ返して来い!」と母に
言いました。母は帰路についている
義兄一家を追いかけ、2千円を
つっ返して来ました。叔母さんも
負けちゃいません。また我が家へ
戻って来て、ドアのポストに2千円を
放り込んで逃げ帰りました。

当然のことながら、その2千円は
親に没収されましたが
何のことはない、義兄一家は
自分達が食べたぶんの寿司代を
払って行ったようなもんです。

これが私の知る、江戸っ子です。

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2015年10月26日月曜日

幸せになる権利

「来年は還暦ですよ。」と言って
「お若く見えますね。」なんて
返して下さる方がいると、お世辞でも
嬉しいもんですよね。私も、ほんの
ちょっとでも実際のお歳より若く
見える方には「え~見えませんね~。」
って言います。どう見てもお歳より
老けて見える場合には嘘は言えませ
んので、別の誉め所を探します。

『慰めの嘘 救いの真実』

マクシム・ゴーリキー作「どん底」
という古い戯曲のテーマです。
20世紀初頭のロシアを舞台に、
とある木賃宿で歌と酒だけを娯楽に
暮らしている貧困層の人々を描いて
います。その中に、死を直前にした人
を優しく慰める巡礼者がいました。
(今の日本にも臨床宗教師がいて
重い病に苦しむ人々の心のケアを
されています。)

慰めの嘘を言ったところで、しょせん
気休めにしかならず、その人を本当に
救うことはできない。むしろ必要な
ことは、残酷なようでも真実を伝え
救いの道を探求することだと、作者は
この劇を通じて訴えています。私は
18歳の時にこの戯曲を読み
「なるほど。」と納得しました。

でも今は、ちょっと違います。
私達にとって唯一確実な真実は
生まれてきたことと死ぬことです。
そして、その間の『生きる』時間の中
においてさえ、不条理な運命と向き
合わざるを得ない場合もあります。
救いの道は嘘より真実の方がいいに
決まってますが、そうも行かない場合
も多々ありますよね。

『幸せになる権利は誰にでもある』

月並みな言葉かも知れませんが
今日まで生きてきた私が、ずっと持ち
続けてきた持論です。慰めの嘘だろう
が救いの真実だろうが、とにかく希望
の光を見出すこと、失意の底から抜け
出すことが大切じゃないでしょうか?

作曲家にとって命とも言える
聴覚を失ったベートーベンは
失意の底から這い上がり
やがて歓喜の歌を描きました。
彼には、聴覚がなくても作曲は出来る
という救いの真実がありました。

戦場で武器弾薬も食料も尽き、飢えと
病に苦しみ、死を目前にした兵士が
残した日記からは、最後まで自分の死
の意味について前向きに考えようと
する人の姿が伝わって来ます。彼ら
には救いの真実はなかったにせよ
日本はきっと勝利する、靖国の桜と
なって戦友と再会する、などという
慰めの嘘がありました。

どんな境遇にあろうとも
どんな理屈であろうとも
幸せになる権利は誰にでもあると
信じなければいけませんね。
私も、どんな状況になろうとも
この世を去る最後の瞬間まで
その精神を貫いてみたいです。

Because, that’s my life !

武内利之の「ザッツ・ライフ」
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2015年10月25日日曜日

Sunday K-POP #36

お待たせしました!
KARA Part3 です!

2010年に「ミスター」で
日本デビューする以前に
韓国で歌っていた歌の中にも
いい曲があるんです。ジャズテイスト
の曲が多く、超私好みです!
日本デビュー後「ジャンピン」まで
同じ曲を日韓両バージョンで
リリースしましたが、それ以降は
日本で出す曲と韓国で出す曲を
きっちり分けて来ました。
それら韓国でリリースされた
曲のうちの何曲かは、日本語の歌を
無理やりかぶせたYouTubeが
ありますので、ご紹介しますね。

それでは
残念ながら日本語バージョンが
見つからなかった曲も含めて
韓国でリリースされた曲を
お聴き下さい。いいですよ~

Here, we go !

“Rock U”(2008)
韓国デビュー曲
残念ながら日本語バージョンなし
https://www.youtube.com/watch?v=-pIPUE5Me-c

“Pretty Girl”(2008)
https://www.youtube.com/watch?v=ReXBeEiXdw4

“Wanna”(2009)
https://www.youtube.com/watch?v=6humbyRJqeg

“Umbrella”(2010)
実はKARAの全楽曲の中で
私の一番のお気に入りです。
「雨が降る日には傘の中いっしょに
触れ合う距離で歩こう。その時は
きっと傘を持つその手、迷わずに
握るから。」可愛い詩でしょ?
https://www.youtube.com/watch?v=gaWxsXqtdRQ

“Lupin”(2010)
https://www.youtube.com/watch?v=3HldSFWVzLE

“STEP”(2011)
https://www.youtube.com/watch?v=mbWP2vkjC-Q

“Missing”(2011)
今日ご紹介する曲の中で唯一
日本語バージョンのみの楽曲で、
素敵なメロディーのバラードです。
https://www.youtube.com/watch?v=vOwBHDwrbhM

“Dreamin’ Girl”(2011)
https://www.youtube.com/watch?v=ylj3gURZgBs

“PANDORA”(2012)
残念ながら日本語バージョンなし
https://www.youtube.com/watch?v=uAe1p7RuGk0

☆おまけ
日本テレビ「誰だって波瀾爆笑」
https://www.youtube.com/watch?v=chUjLtQvPUs

【次回予告】
Sunday Favorite #19
Billy Joel

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2015年10月23日金曜日

高校生の部屋

2年前の夏に息子と娘が相次いで
家を出て行きました。妻は
子ども達の部屋をそのままに保って
いつでも泊まりに来られるように
してやりたいと言ったんですが、私は
あえて子ども達の退路を断つように
息子の部屋は私の、娘の部屋は妻の
個室にしてしまおうと提案し
その通り実行しました。

私は息子のむさ苦しい部屋の
大掃除から始めなければ
ならなかったんですが、壁の汚れが
落ちなくて困ってしまいました。
写真やポスターが壁中に貼られてて
そのうえ息子は喫煙者だったので
貼ってあった物を剥がしたら
斑模様が出来てしまって…。
マジックリンでも漂白剤でも
パパ激落ちでも落ちませんでした。
壁紙張り替えるってったって
業者に頼めば金がかかるし
自分でやる技術も気力もないし
結局、その汚れ隠しのための何かを
貼るしか無いってことになりました。
そこで
お気に入りのK-POP歌手の写真を
ネットから取り込んでwordに編集
それをA4上質紙に印刷して
貼ることにしました。

題して『高校生の部屋』

初めは汚れ隠し程度のつもりが
どんどんエスカレートして、
息子の部屋だった頃とは比べ物に
ならない程、壁中が写真だらけに
なりました。カーテンも思い切って
ピンクのカーテンを買ってきて
つけかえました。とても妻子持ちの
還暦近い男の部屋とは思えません。
でも、妻には申し訳ないんですが
気持ちがとても若返るので
その路線を貫くことに決めました。

しかしそれも2年経って
なんだかちょっと飽き気味です。
新大久保にでも行って
K-POP歌手の等身大のポスター
でも買ってこなきゃ
この閉塞感は打破できないかな?
なんて思ったりもします。
他人事のような言い方で恐縮ですが
男って、いつまで経っても
若い女性が好きなんですかね~

今は私しか入らない部屋ですけど
将来もし介護を受けることになって
ケアマネさんやヘルパーさんが
入って来て、これ見たら
びっくりするでしょうね~
「あのエロじじい。」なんて
陰口たたかれるんでしょうね~

面白いから
もっと貼っちゃいましょうか?

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2015年10月21日水曜日

完璧なユニゾン

ザ・ピーナッツを
リアルタイムで見た覚えがあるのは
40代以上の方でしょう。50~60代
の方には超懐かしいと思います。
1941年生まれ、愛知県出身の双子の
姉妹が地元のレストランで歌っている
ところを渡辺プロダクションの社長が
訪れスカウトし、作曲家の宮川泰氏が
手塩にかけて育てました。当時人気の
クレージーキャッツとともに
歌・ダンス・コントと何でもこなす
タレントとして芸能界の牽引役と
なりました。1959年にデビューして
1975年に引退するまでの16年間
連続してNHK紅白歌合戦に出場。
アメリカ・ドイツにも遠征し
有名テレビ番組に出演しました。
フジテレビ「ザ・ヒットパレード」
(1959~1970)
日本テレビ「シャボン玉ホリデー」
(1961~1972)
という人気番組にレギュラー出演し
人気を不動のものにしました。
抜群の歌唱力と美しいハーモニー
そして1人で歌っているかのように
聴こえる完璧なユニゾン。
髪型や服装、身のこなしなども
女性が憧れるセンスの良さでした。

それでは、日本を代表する実力派女性
ユニットのパフォーマンスを
じっくりとご堪能下さい!

“可愛い花”(1959)デビュー曲
https://www.youtube.com/watch?v=uYAnOCB0syg

“情熱の花”(1959)
原曲は「エリーゼのために」
https://www.youtube.com/watch?v=CW9IZPYn1kg

“ふりむかないで”(1962)
踊る指揮者と言われた
スマイリー小原さんもいます。
https://www.youtube.com/watch?v=7BicqEAn4gE

“恋のバカンス”(1963)
紅白歌合戦
https://www.youtube.com/watch?v=q0BuE_lhOMo
“恋のバカンス”(引退間近のテレビ)
https://www.youtube.com/watch?v=QYyap_FUmtg

“ウナ・セラ・ディ東京”(1964)
紅白歌合戦
https://www.youtube.com/watch?v=MhsLuvDD79g&spfreload=10

“ローマの雨”(1966)紅白歌合戦
https://www.youtube.com/watch?v=-vgxpTW7fqU

“恋のフーガ”(1967)紅白歌合戦
https://www.youtube.com/watch?v=8vbZj5XyXQE
“恋のフーガ”(引退間際のテレビ)
https://www.youtube.com/watch?v=BDIftV18tJ8

“さよならは突然に”(1972)
紅白歌合戦
https://www.youtube.com/watch?v=aThnYQm2wd4

“情熱の砂嵐”(1973)
https://www.youtube.com/watch?v=SL7oI99JLKw]

☆おまけ
「ザ・ヒットパレード」テーマ曲
https://www.youtube.com/watch?v=dWj7QzndNi4

「シャボン玉ホリデー」
オープニング&エンディング
https://www.youtube.com/watch?v=W6jck5XEuyE
コント「おとっつぁん、
お粥が出来たわよ。」
https://www.youtube.com/watch?v=vFAB9x4kE54

“モスラの歌”(1961)
映画「モスラ」の挿入歌
https://www.youtube.com/watch?v=KkDVC6RATNI

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2015年10月19日月曜日

伝統嫌い

私は『伝統』という言葉に価値を
見出せません。「伝統ある◯◯の…」
なんて演説聞くと「は?だから?」
ってなっちゃいます。伝統と名のつく
物で私が好きなのは落語くらいで、
それも新作より古典が好きです。
クラシック音楽やスイングジャズも
古い物という意味では伝統芸能かも
知れませんが、これは西洋の物なので
好きです。能・狂言・歌舞伎・日舞・
雅楽・和楽・小唄・浪曲・祭…。
どれもこれも好きになれません。
着物姿にも大して魅力を感じません。
「そんなにいいんなら毎日着れば?」
って思います。伝統家屋も嫌。
畳よりフローリング、布団よりベッド、
座るより腰掛ける生活がいいです。
トイレも和式より様式がいいです。
和食は好きですが中華・洋食は
もっと好きです。毎年骨折者を
出しながら続けてる組み体操とか、
伝統的な文化・風習・考え方なども
あまり好きになれないです。
自国の伝統が好きになれない私は
不幸者なんでしょうかね?

その代わり、と言っちゃなんですが
『変革』とか『進歩』になら
大いに価値を見出せます。
キリスト教徒の中には、未だに
ダーウィンの進化論を信じない方も
いるらしいですが、地動説を信じない
人は、さすがにいないでしょう。
もし私達の祖先が変革より伝統を
重んじる生物だったら、私達は未だに
海の中で暮らしていたことでしょう。
人類の祖先は食物連鎖の頂点に
君臨していた強者だから繁栄した
のではなく、変化する環境への適応力
があったんだと思います。

演劇という芸術が時代にマッチせず
人々に観て頂けなくなるなら、それは
普遍性に乏しい証拠ですから、廃れて
しまっても仕方ないと、私は本気で
思ってます。ですから、伝統と名の
つく芸能を国が税金を使って保護する
ことには、賛成したくないんです。
誰がどういう理屈で、保護する物と
しない物を選別するんでしょうか?
自然にまかせるべきです。
産業もしかりで、高い関税や補助金で
保護しなければ成り立たない産業は
淘汰されてしかるべきだと思います。

変わらずに伝えて行きたい心の優しさ
とか道徳心もありますが、それも時代
と共に変化して行くでしょうし、
伝わるべきものは伝わり、さほどで
ないものは伝わらないんでしょう。

私は演奏家~俳優~プロデューサー
と転身し、今はヘルパーをしてます。
その間に、全くの別人と言っていい
ぐらいに変わって来ました。できれば
私は、死ぬまで変わり続けたいです。
高齢者は変革を好みませんから
これからは、だんだん難しくなって
行くかも知れませんが、常に自分に
「変われないなら死になさい!」と
叱咤しながら生きて行きます。

Because, that’s my life !

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