2025年8月17日日曜日

自分史

27年ほど前だったでしょうか、たぶん私が

40代前半ぐらいだったと思うけど、自分史

なんてものを書いたことがあるんです。


笑って下さいね。


当時はワープロからPC、ガラケーからスマホ

に移行する過渡期で、当然ながら私はワープロ

とガラケーを使ってましたよ。物心ついてから

40歳までの自分史、しかも自分のことだけ

じゃなく両親や祖父母の話から始まり、世の中

の出来事や流行なども書いてたから、物凄い

ページ数になっちゃったんですね。で、これを

フロッピに保存してたんですけど、もうこれ

からはPCの時代だってことになったんで、

仕方なくプリントアウトして持ってました。

今はもうどこに行ったか解らないけど、もし

かしたらどっかから出てくるかもしれません。

40歳まで書いて、残りは80歳になったら

書こうとか思ってましたよ。


でも、いったい私は

何故そんなものを書こうと思ったんでしょう?

承認欲求かな?

自己顕示欲かな?

生きた証を残したかったかな?

誰に読んでもらうために?

子や孫たちに?

たぶんそんなところでしょうね。


私はまだ68歳で、80歳はまだ先だけど、

仮にそのプリントアウトしたやつが見つかった

としても、続きを書きたいとは思いませんね。

ってか、そんな余裕はないです。そんな暇が

あったら音楽やりますよ。仕事をリタイヤして、

音楽もそこそこやり尽くしていよいよ終活が

近づいてきたら、残りを書いてみようと思う

かも知れないけど、その時になってみなきゃ

解りませんね。


たぶん、そんな気にならないと思いますよ。

私にとっても子孫にとっても、私の過去の

ことなんてどうでもいいんじゃない?って

思って、むしろ生きた痕跡を残さず人知れず

静かにいなくなりたいと思うでしょう。


Because, that’s my life !


名も無き親爺が人生を語る

世にも不思議なブログ

武内利之の「ザッツ・ライフ」

2025年8月10日日曜日

ワクワクドキドキ

連日の猛暑、お見舞い申し上げます。


特に、訪問ヘルパーさんはご苦労様ですね。

私も経験があるけど、1件訪問するともう

汗だくになって、時間があれば家に帰って

水シャワーを浴びて着替えてましたよ。

家に帰る時間がない場合はコンビニに寄って

涼んでましたよ。


しかし、年々暑さが酷くなって来ますよね。

40度超えが当たり前なんて時代が、すぐ

そこまでやって来てる感じしますもんね。

私の子ども時代、1960~70年代、

昭和で言うと30~40年代の夏って、

こんなじゃなかったと思いますよ。30度を

超えるのは、ひと夏に2~3日しかなかった

と思いますよ。それも31度とか、せいぜい

32度ぐらいじゃなかったですか?朝晩は

網戸にしとけば、まあまあ涼しい風が入って

来るし、日中でも日陰にいればさほどの暑さ

じゃなかったような気がします。今はエアコ

ンの室外機から出る熱風が酷いですもんね。

あれの影響、かなりあるんじゃないですか?


ところで皆さんは、青春時代の夏の思い出、

どんなのがありますか?


私がパッと思い浮かぶのは、小学生の頃の

豊島園遊園地です。流れるプールとか波の

プールとか、サイクロンとかフライングパイ

レーツとか、1回転しちゃう怖いやつとか、

ディズニーランドがなかった頃は最先端の

遊園地とプールで、物凄い人混みでしたよ。

夏休みには毎週土曜の夜に打ち上げ花火が

あって、我が家は豊島園の近くの8階建て

アパートの8階だったので、ベランダから

目の前に上がる花火を楽しむことができた

んです。ちょうど「ドリフの8時だよ全員

集合」が始まって30分後にドーン、ドーン

って鳴り出したものです。プールでは、当時

流行のエレキサウンドのグループが生演奏を

してましたよ。ベンチャーズのダイヤモンド

ヘッドとか演奏してましたね。


次に思い浮かぶのは中1の夏、千葉の海で臨海

学校した時の夜、全員が食堂に集まってアポロ

月面着陸の生中継を見てた思い出です。白黒の

映像で、なかなか船員が出てこなくて、やっと

出てきたかと思ったら、なんだか良く解んない

映像で…。人間が月面に降り立つことの凄さも

良く解ってなかったような気がします。


もう1つ思い浮かぶのは高1の夏、吉田拓郎

の「旅の宿」が流行って、やたら街に流れてた

ってことです。当時は有線放送が盛んだった

ので、あちこちで流行歌が流れてたんですね。

高校生になって学ランから私服になり、親に

せがんで生まれて初めてジーンズはいてね。

我が家は特に厳格な家ってわけじゃなかった

けど、親の世代の認識はジーンズ=労働者の

作業着だったんです。でも僕らはフォーク

ソング世代ですからね。そこにあの色っぽい

「旅の宿」が耳に入って来る…。な~んか

ドキドキワクワクでしたよ!


さて、今の私は何にワクワクドキドキすれば

いいんでしょう。

大谷選手に期待しましょうかね。


Because, that’s my life !


名も無き親爺が人生を語る

世にも不思議なブログ

武内利之の「ザッツ・ライフ」

2025年7月27日日曜日

2年前の教訓

一昨年の今頃、Concertinoと格闘し、夏に

アップする予定が10月になってしまいま

した。それでも満足の行く演奏はできず、

悔いが残る結果となりました。


今回も夏にアップする予定だけど、なかなか

満足の行く演奏ができません。秋にどうしても

アップしたい曲があるので、いったん中断して

冬に再挑戦となるかも知れません。2年前の

教訓を活かし、納得行くまではアップしない

覚悟で望みます。


やっぱ夏はきついですね。1日働いて、帰宅

したら冷たいシャワーを浴びて、冷たい物を

飲んで、コテンと横になりたいのに、そこから

ヨイショ!って気合入れて2時間、楽器に集中。

頑張ってるつもりでも、イマイチ集中力がなく

て上達が遅いのかも知れませんね。


Because, that’s my life !


名も無き親爺が人生を語る

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武内利之の「ザッツ・ライフ」

2025年7月17日木曜日

意欲が失せる時

協奏曲を吹いても吹いても、上手くなりません。

それどころか、下手になって行くような気さえ

します。まるで1日生きると1週間歳をとって

しまうかのようです。もはや協奏曲は無理なの

かと、絶望的な気分に苛まれます。


5月5日に“ What a wonderful world ”

をアップして、次は高校生の頃に夢見た

ウェーバーのクラリネット協奏曲第1番

第1楽章を8月10日までにアップしようと

決めました。難曲であることは解ってたけど、

高校生の頃に吹いてた曲だし、伴奏の音源は

できてるので、3カ月あれば間に合うだろう

とたかをくくってました。でも、今では全く

目処が立たない状況です。自分の納得行かない

演奏しかできないなら、動画にする価値なんて

ありません。いっそのことすっぱり諦めて、

自分の身の丈にあった楽曲を思いを込めて

作品にした方がいいです。


思えば一昨年の今頃、“ Concertino ”に

苦しんで苦しんで、下手っぴながらも何とか

形にした、あれがターニングポイントだった

のかも知れません。50肩のように、

「お前さんはもう若くない。無茶しなさんな。」

ってことだったのかも知れません。でも、

ウェーバーを第3楽章まで吹いて、その次は

モーツァルトって決めてたし、そのためにA管

も買ってあるので、そうやすやすと夢を諦める

訳には行きません。とにかく8月中旬まで

粘って吹いて、それでも完成しなければその時

に考えます。


ケアマネをしてると、せっかく趣味をお持ち

なのに、ある時期から急に意欲が失せて趣味

を止めてしまう方をよく見かけます。今更で

すが、私、何となく解るような気がします。

今はまだ身の丈にあった楽曲なら吹けると

思えても、それすら自信がなくなったなら、

この私とて、一気に意欲が失せても不思議

ではありません。


そんな日が来ると想像しただけで悲しく

なります。クラだけは、いつまでも吹いて

いたいです。吹きながら死んでもいいくら

いです。意欲が失せる前に命が失せた方が

ましです。


Because, that’s my life !


名も無き親爺が人生を語る

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武内利之の「ザッツ・ライフ」

2025年6月22日日曜日

拠り所となる使命感

今年2月8日に行われた災害対策に関する輪中会

議で、私はケアマネの立場で講演を行いました。

私はBCPの専門家ではありませんし、災害時対応

の経験が豊富な訳でもありませんので、日頃事業

所で行っている訓練についてご説明させて頂き、

若干の所感を述べさせて頂きました。今、輪中会

議全体を振り返り、自分は介護者としていったい

どれだけのことができるだろうかという、無力感

に似たものを感じます。


私はケアマネとして働いているので、利用者さん

の安全確保について考えるようになった訳ですが、

個人としてなら、職場、自分と家族、せいぜい向

こう三軒両隣ぐらいの心配をしていれば良いので

しょう。ですから、職業人として自分が求められ

ていること、果たさねばならない使命は何かとい

う根本のところを考えねば、思考が先に進みませ

ん。例えば自衛隊員なら危険な場所から救出し安

全な場所へ移送、必要な物資を届ける。救急隊員

なら、病人や怪我人を一刻も早く病院または医師

のいる避難所に送り届ける。医師や看護師なら、

病気や怪我の治療をする。役所の担当職員なら、

様々な情報発信、連絡調整など多岐にわたるで

しょう。そして共通の目的は、少しでも生存率を

上げるということなんだと思います。


では、介護は?


利用者さんの多くが高齢者、中には若くして難病

や障害を持たれている方もいます。自力で避難で

きないだけでなく、生活することすらできない方

もいらっしゃいます。ですからそのような方々が

困らないような対策が必要です。しかし当然のこ

とですが、大災害が起きた時はまず自分や家族の

安全確保が最優先。そして利用者さんの安否確認

や救助をしたくても、電話は繋がらない、道路は

冠水して人も車も通れないという状況になったら、

ケアマネとして何ができるでしょうか。


備えることが大事!


自衛隊員、救急隊員、医師、看護師の方々は現場

で人々を救う活動をされますが、ケアマネが現場

に行ってできることは限られています。ですから、

災害が起きてからではケアマネはほぼ無力だと考

え、災害が起きても利用者さんが困らないように

事前にシミュレーションして備えておくことが大

事だと思います。そして、できればケアプランに

災害時の対策を盛り込み、担当者会議で確認する

と良いでしょう。


私はたまたま知人からのお誘いで輪中会議に参加

しましたが、NPO法人が中心となり行政を含む

多職種で災害対策について考えておられる集まり

があることを知り、感動しました。皆さんそれ

ぞれの仕事を持ちながら自分に何ができるかと

自問自答し、情報交換し、提言をしておられま

す。果たして、職業人としての使命感だけで

そのような活動が継続されて行くものでしょう

か。大災害という生存の危機に直面した時に

他者のために最善を尽くそうとするなら、その

人は職業人を超え人間個人として持っておられ

る使命感が拠り所となって動かれるのではない

かと、私は感じます。介護業界でもBCP対策が

進められていますが、それを実効性のある対策

として機能させるには、職業人としてだけでは

なく人間個人としての使命感を伝え広げて行く

ことが、この活動の本質ではあるまいか、その

ように感じた次第です。


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名も無き親爺が人生を語る

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武内利之の「ザッツ・ライフ」

 

2025年6月14日土曜日

東京都に感謝!

全国民に2万円給付、子どもと非課税の方には

更に2万円上乗せすることを目指すってことに

なったんだそうですね。


なんでわざわざ「目指す」って言うんですか?

「給付する」でいいじゃないですか。政治家や

お役人さんが「目指す」って言う時は「目指し

たけど出来なかった。」っていう言い訳を先に

考えてあるような気がするんですよ。たいてい

はやらないですから。民主党政権の時がそうで

したよ。沖縄の基地問題にしても、八ツ場ダム

にしても、高速道路無料化にしても、何もかも

「目指したけど出来なかった。」でしたもんね。

しまいには社会実験とか言っちゃって、よく

恥ずかしくないなって思いましたよ。


今回も本当に驚きましたよ。長引く物価高で

庶民の暮らしがどれだけ逼迫してるか、考える

ってことしないんでしょうかね。私の実感では、

物価はこの1~2年で3割ぐらい上がってる

ような気がしますよ。せめて食料品だけでも

物価が安定するまでの間は消費税なしにする

ぐらいのことしてもいいんじゃないでしょう

かね。だって3年連続で最高税収を記録した

んでしょ?税収の上振れ分だけで30兆円も

あるそうじゃないですか。それなのに、税率

変えるのに商店の人は1年かかるとか出まかせ

言っちゃって、なんか軽いですよね今の政治。


話は変わりますが、去年から勤続5年未満の

介護従事者に毎月2万円、勤続5年以上の介護

従事者に毎月1万円、支援金を頂けるように

なったので、私は毎月1万円頂いてるんです。

嬉しいですよ、毎月ですからね。介護の人材

不足を憂いて、予算をつけて、対策を実行して

下さったのは国でも区でもなく、都です。

選挙目当てに一時金をばら撒くのとは品性が

違います。


私は都政に感謝します!


Because, that’s my life ! 


名も無き親爺が人生を語る

世にも不思議なブログ

武内利之の「ザッツ・ライフ」

2025年6月1日日曜日

クリスタル 3本目

マウスピースに、葦を薄く切ったリードっていう

ものをつけて、それを振動させてクラの音が出る

んだけど、そのリードの価格がここ数年で高騰

してて、クラ吹きには痛手になってます。しかも

リードって元々1箱(10枚)の中に、いい音

が出るのは2~3枚程度。厚さがまちまちで、

ティップオープニングの異なるマウスピースを

5~6本使い分けなきゃ効率よくリードを使え

ません。マウスピースとリードの間の隙間を

ティップオープニングといい、隙間が広くなる

ほど、リードを薄くしないとうまく鳴りません。






先週日曜に銀座の山野楽器さんに行って、2月に

買ったサファイアより1段階ティップの狭いポマ

リコのクリスタルマウスピースを試奏、思ったほ

ど厚いリードに対応できなかったので、今日また

行って2段階ティップの狭いエメラルドを

試奏しました。そしたらバッチリ!一番欲しかっ

たティップのマウスピースに見事出会えましたよ。









クリスタル3本とエボナイト3本、

計6本を使い分ける。

これで、完璧です!


Because, that’s my life !


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