「少年よ大志を抱け」で有名なクラーク先生。
しかし、彼が教え子達に言った言葉はこうでした。
Boys, be ambitious like this old man.
少年よ大志を抱け、この老人のように。
アメリカで農業大学を設立し、学長として
充実した日々を送っていた彼は50歳の時
「北海道開拓の為、日本で酪農を教えてほしい。」
という要請を受け、大きなリスクを承知のうえで
日本行きを決意しました。日本は戊辰戦争の直後
だと聞かされ、自分が教え子と共に南北戦争に
義勇軍として参加し、多くの教え子の命を失った
ことを思い出したのです。荒廃した国土と失意の
若者達を立ち直らせる為に自分に何が出来るか
と考え、彼は若者達に農業を教えることを決意
したのです。明治初期の50歳は今の何歳に相当
するでしょうか。61歳の今の私より、
ご高齢に感じられたのではないでしょうか。
「歳をとるのは楽しい冒険だ」
と言ったのは、昨年105年間の生涯を終えた
日野原重明さんです。
彼は東京大空襲の際に
満足な医療が出来なかった体験から、
既成の概念にとらわれない改革や提言を
数多く行いました。
また『命の価値』にこだわり、
自分に与えられた時間である命を
助けを求める人の為に有効に使い、
次の時代を生きる子ども達の手本となるべき
と訴えました。そして
自ら生涯現役で医療の道を全うしました。
酸素吸入器をつけて高座に上がり、
「病院に霊柩車、いや救急車で運ばれまして…。」
なんて枕で観客を爆笑させている桂歌丸さん。
自分の病や死まで笑いのネタにしてしまう。
鼻にチューブを挿入した姿でも
人を笑わすことの出来るって素晴らしいです!
尊敬しますし、羨ましいです。
私も役者をしていた頃は、
ある日突然、舞台の上でバッタリ倒れ、
ボーダーライトを見つめながらあの世へ行く、
そんな死に方ができたら本望だと思って
いましたが、彼にも高座で笑われながら
あの世に行かせてあげたい、
そんな気持ちにさせられます。
私はクラーク先生や日野原先生のように
戦争を体験した訳でもなく、
歌丸さんのようなユーモアや根性が
あるかどうかも解りません。
年老いてもなお何かに傾注できるような
強い動機を持てないかも知れません。
けれども、せめて
人様に喜んで頂くことが自分の喜びである
との思いを胸に、
生涯現役で働きたいと思っています。
それが私に残された
命の価値だと思っています。
「この老人のように」
…言ってみたいですね。
Because, that’s my life !
名もなき親爺が人生を語る世にも不思議なブログ
武内利之の「ザッツ・ライフ」日曜の午前に更新
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