2018年1月7日日曜日

米百俵

小泉純一郎さんが改革を断行するにあたって
引用した『米百俵』という言葉は、
幕末から明治初期にかけて活躍した長岡藩士
小林虎三郎さんの言葉だそうです。

北越戦争(戊辰戦争の1つ)で敗れた長岡藩は
7万4千石から2万4千石、実収にして6割を
失い、藩士達は食うや食わずの状態でした。
その窮状を見かねた長岡藩の支藩・三根山藩から
百俵の米が贈られることになりましたが、藩の
大参事(現在の副知事)小林虎三郎さんは、
贈られた米を藩士に分け与えず、売却した金で
学校を建設することにしました。この知らせに
驚き、虎三郎さんのもとへ押しかけた藩士達に、
虎三郎さんはこう言いました。

「百俵の米も、食えばたちまちなくなるが、
 教育にあてれば明日の一万、百万俵となる。」

『路傍の石』で有名な山本有三さんの戯曲で
米百俵の話が世間に広がって依頼、
今の辛抱が将来の利益となることを象徴する
物語として、引用されるようになったそうです。

出来ますか?
なかなか出来ませんよね、こういう決断。
私がこれまでの人生で下してきた決断なんて
決断のうちに入りませんよ。

名も無き親爺が人生を語る世にも不思議なブログ
武内利之の「ザッツ・ライフ」日曜の午前に更新

0 件のコメント:

コメントを投稿