演劇学校の同級生で、卒業後に著名な演出家と
なった方に演奏動画を送ったら「武内利之の
雰囲気が良く出ている気がしますね。」と
メールをくれました。意味深ですね。それは
どんな雰囲気なのかと聞きたいところだけど、
聞けないんですね。だから考える訳です。
彼は在学中、私を「天然記念物」と評したこと
があります。その表現すら私には未だに良く
解らないんですから、困ったもんです。私以外
の人なら「なるほどね。」ってうなずけちゃう
のかも知れませんけどね。
演奏動画なのに演奏する姿はなく、夕焼け、
星空、朝焼けの写真。そこに言葉が書いてあり、
曲と関係ないことを視聴者に語りかけて来る
妙な動画ではありますよね。自分で評論する
のもなんですが、音そのものより、音に乗せて
メッセージを届けようとしている感は否めま
せん。しかもそのメッセージは、なれなれしく
語りかけて来て、最後に「生きようよ。」と
とどめを刺す。独善的と揶揄されても仕方ない
ような内容ですね。
夕方になると、陽が沈むね。
今日が終わって、闇につつまれるね。
別に「ね」って語りかけなくてもいいのにね。
私の癖なのかな、共感を求めてるのかな、何か
押しつけがましいですよね。最後の「僕らも
生きようよ。」は清水の舞台から飛び降りる
ような勢いでチョイスした言葉です。初めて
この曲を聴いた時に浮かんだ言葉は「陽が沈め
ば翌朝は陽が昇る、生きてるからだよ。」です。
それが何故か「僕らも生きようよ。」になっ
ちゃった。「僕も生きよう。」という意思表示
でも良かったし「僕らも生きてる。」という
状況説明でも良かったんですけどね。
幼い頃からALSと闘い3年前に亡くなられた
山下さんなら、何と言ったでしょう。「僕らも
生きようよ。」「僕も生きよう。」「僕らも
生きてる。」どれが好きですか?と聞いたら
どれを選んだでしょう。もし彼がご存命中の時
にこの動画を創ったとしたら、私はどの言葉を
チョイスしたでしょう。私は、山下さんも私も
「僕らも生きようよ。」を選んだに違いないと
思います。
そんな風に思えてしまうところが、ひょっと
したら武内利之の雰囲気を醸し出してるのかも
知れないですね。
Because, that’s my life !
名も無き親爺が人生を語る
世にも不思議なブログ
武内利之の「ザッツ・ライフ」
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