2014年11月14日金曜日

なし崩し的形骸化

私は、プロディーサーとして24年間
年間240日ほどの出張生活を続けて
来ました。ご近所さんや妻の友達は
私のことを『船乗り』と呼び

「船乗りさん、いつ帰って来るの?」

などと言っていたそうですが
それがちょうど子育て期と重なり
大蔵省ばかりか文部省まで妻に
任せきりになってしまいました。
特に反抗期には、妻は辛かったと
思います。私は帰京中、わがままの
抑止力になるよう、恐い父親を演じ、
物事の善悪を示し、我が家の規則を
定める裁判官になりました。しかし
私が出張に出てしまうと、その規則が
なし崩し的に破られてしまいます。
妻が厳しくしつけられないんです。
子ども達は、規則を守らなくても
いずれ妻が根負けして
何も言わなくなることを学習します。

それでよく夫婦喧嘩もしましたが
夫婦の平行線は平行線のまま
放っておくのが円満の秘訣
ってなことになる。仕方ないです。
帰って来ない亭主と人生を共にして
くれただけでも有難いんですから。
今後、子ども達が自助努力で人間性を
高めてくれることを祈るのみです。

なし崩し的形骸化

かつて私は
ある劇団の立ち上げに参加し
衰退産業である演劇の
プロデューサー兼、営業兼、作曲家
という立場にありました。
私の妥協は組織の妥協
皆の命運がかかっているという
恐怖感との戦いで、毎年毎年
逃げ出したくなるような苦しみと
向き合って暮らしていました。実際に
最も心通い合った仲間に「苦しい。」
と打ち明けたことがあります。
眠っている時以外は常に頭を数字が
駆け廻っている…。職業病かな?

新劇団創立にあたり、意思決定の際は
社長もプロデューサーも役者も
皆が得心の行くまで議論を尽くそう
そのかわり、決定した方針は
妥協せずに一丸となって突き進もう
そう申し合わせていましたが
思いのほか順調に軌道に乗って
しまったために、最初に申し合わせた
ポリシーは、なし崩し的に形骸化し
アッと言う間にワンマン経営に
なりました。結果、才能・情熱を兼ね
備えた人達が去り、その3年後に私も
去りました。それを機に、その劇団は
事実上の活動停止となりました。

人が離れて行く真の理由は、本人に
しか解らないのかも知れません。
なし崩し的形骸化が常態化すると
人は不感症になり、現状の正当化と
事無かれムードに慣れきってしまう
…だとすれば、解らないでしょう。

家庭では仕方ないで済むことも
仕事では
そうはいかないんでしょうか?

皆さんは
いかがお感じになりますか?

武内利之の「ザッツ・ライフ」
原則、毎週月・水・金の夜に更新。
E-mail:
at-home-takeuchi@aqua.ocn.ne.jp

0 件のコメント:

コメントを投稿